2016-01-01から1年間の記事一覧

あめふりの夜

時間がただここにあるような気がして、したくもないことをしてみる。「ねえ、みて」爪を切りそろえてプールのような水色のマニキュアをぬり終えたわたしに、ゆっくりと向きなおり、「死にかけの妖精みたい」と言う。北風と太陽の北風になったつもりで乱暴に…

夏になりたい

すべての夏休みを内包して風は凪ぐ夕方、昼には殺意を覚えたような蝉の声に泣く。日は高く、見えなくなっていっそうその存在感を増す。蒸された草や土や体は夜に溶けて流れて、流れて。悲しみもよろこびも滲んでいっしょくたになるような高揚を、ただしく使…

ふみにじる

冬になり、春が来て、夏にとける。たかい日は影を焼きつけてまっすぐ去っていったし、秋は長く、ただ長いだけで世界を蹂躙したんだ。失われた機能を再構築することに専念しているうちにわたしは死ぬ。また来た冬はいくつかの冬の総集編で、最後の冬になるし…

日々

どうでもいいことが日々の大半になる。だれかの日記の8ページ目に書いてあるようなことが鼻先にぶら下がって腐っている。話したいことなんて本当はないよ。生まれた時から。どうでもいいことだけを言い尽くしたせいで舌は腫れて夜はもう暖かい。驚きはしない…

咲く花の

桜がすべての春をこぼしている。あのときあのひとのとなりを歩いたその道に影を落とした。満ちたりた淡い赤に混ざる空の青と漏れる光。きらきらして、それはもうほんとうにきらきらとしていて風は冷たく繋いだ手からこぼれそうなものこぼれずにそこにあった…

おめでとうと

おめでとう、もう忘れてまたはじめましてして、わたしたち、生まれた途端生きろっていわれてだから生きてきて、それってなんなの、わたしは、おめでとうもいえない、いままでのこと指で窓に書いた、外からみると逆さのこんな結末の始まり、結末だってさあ殴…

オルガン

この皮膚の下の、だれのものでもない血と肉とはあまりにファンタジー的。形式を重んじるようでいて見縊っている半端な設定をぶっ壊してやるよ。鳴る心臓は知る。こおる背にやまない生命が迫りくる。生かしておいて死はさめて、ひとりぼっちだ。鳴る心臓は聴…

春の突風

それは東南東の高気圧から西南西の低気圧へ向かって吹く。静々と整列した空気を掻きまぜ弛ませ木立のにおいを立たせる。桜の木肌には密やかに上気した頬の色が滲みはじめていて、わたしはシリコン人形みたいなやりかたでそれをみつめるしかない。息はしない…

ばらばら

星がかたっぱしから落ちて山を燃やしているみたいなあれは山の上ホテル。黒い道ふりかえって、澱みをみつめ、またふりかえる。まえうしろくるくるしても闇はいつも背になる手に負えない。だからもっとえぐいああああまい旋律で踏みにじって、ああ。うたいた…

代謝

変えることはいつの世界も結果オーライの粗さで受容、つき従う思想は水のように流れて然るべきよと正反対にみえる主義主張もいつかのおなじ人間によるものなのだった。わたしたちはいつもなにかを変えたいだけなんだって、よくするわるくなるってなにが。代…

雪の日、二日目

夜明け前の薄暗さのまま一日が終わった。こんなにうるさい雪の日は初めて。外を歩く半分の人はすべって転んできいきいさけび、つもるはずの雪の半分はごうごうと強すぎる風に飛ばされた。大きな雪だるまをまっしろにつくるにはたりないけれど、雪はつもった…

雪の日

今日は氷点下の気温が一日中つづき、雪の降らない時間はなかった。路面はかたく薄い膜に覆われどこか安心しているようすで、そのうえを風に追われすべる雪。音もなく、というよりもわたしに音はよりつかず、なにもかもがどこか遠く、意識の縁にみえ隠れする…

ノーザンライツ

チープなチュール、でもオートクチュールでもオーロラのようにたっぷり濃く重なり、それでいて、重なるほどきりなく淡く透けなくては。ここは余りの世界。なにもかもが打ち消しあったあとの残り滓の世界。わたしたちはいつも、だからきっと孤独。波立つ襞は…

手のうちをぜんぶみせる約束をして恐怖を交換する。痛くもかゆくもない傷口を晒すのをゆるさない。新鮮に苦くひっそりと深い場所を探りあてやさしい声で甘やかさない。痛いっていえばいい。苦しいっていえばいい。穏やかなふりの鈍磨した感情をひきちぎって…

ひつぎ

墓をひつぎに入れるような愛し方をしたの。せめては殺して山手線へ捨ててと言って雪を食む。もうおやすみよ。どうせね、どこへも運ばれない。

しるし

ひつぎにはおもいもよらないものがはいるだろう。冬はほんとうに来てしまったから、けさより風はひどく強く、雪はおりたりのぼったり。白、突然にあらわれる白い雪の白さはいつも、小さな孤独に満ちている。耳は遠くへ、肌は世界を吸いとって、ちくりとくち…

サンタアナ

サンタアナの生ぬるい風が恋しい。冷蔵庫の上だけ掃除するミサキちゃんと住んでいたワンベッドルームのサウスサイドテラス。白く塗られた木製のドア、洗濯室のにおいや日のあたる庭、英語も通じないヒスパニックの隣人たち。日向ぼっこをしながら芝生の上で…

明日

眠れずにずっと起きている。薄青い朝と乾いた昼と暖かな夜と。ひましに嵩をます水のような恐れは体のあちこちからこぼれてベッドを底なしの沼に変える。離れていった言葉は実体化して、この体よりもはっきりと重く、疎く、不透明にかたく、狂った花みたいに…