夏になりたい

すべての夏休みを内包して風は凪ぐ夕方、昼には殺意を覚えたような蝉の声に泣く。日は高く、見えなくなっていっそうその存在感を増す。蒸された草や土や体は夜に溶けて流れて、流れて。悲しみもよろこびも滲んでいっしょくたになるような高揚を、ただしく使いきって更ける夏の日。藺草の甘いにおいに満たされた夜気は青く迫りくる、遊ぶ。つくつくほうしつくつくつく。夏の朝日はカーテンの隙間を好む。一瞬ひんやりして熱くなる汗ばんだ肌。細めた目に焼きついた残像をぼんやり追いかけて、そこらじゅうにあふれる光の重さを全身に感じる。「なかもそともおんなじくらいの熱さだからどこまでも体が、ひろがっている、錯覚をおこしそう」巨大な塔みたいにそびえ立つ濃密な積乱雲。にわかに空気の色を変え響く雷鳴。土砂降りの雨。一陣の風をおいて、去って。アスファルトのにおいが立ちこめる、濡れたサンダルはもう乾いて、歩く、どこへもつづくような道を歩いて、帰る。なにもが過不足なくそこにあって、ただあるだけ。あなたもわたしも消えて、夏。わたしはあのひとの、夏になりたい。