雪の日

今日は氷点下の気温が一日中つづき、雪の降らない時間はなかった。路面はかたく薄い膜に覆われどこか安心しているようすで、そのうえを風に追われすべる雪。音もなく、というよりもわたしに音はよりつかず、なにもかもがどこか遠く、意識の縁にみえ隠れする記憶の入りぐちだけをぼんやり眺めていた。風に吹かれるばかりで、雪はつもる気配がない。つもったら、大きな雪だるまをつくろう。そう思いながら歩いていると車に轢かれた。慌てて車から降りてきたのは小さなおばあさんで、なんだかとても申し訳ない気持ちになったわたしは、平気です、とだけ言って立ち上がり、また歩きだした。傘は折れたから捨てた。雪。雪がつもっている。街路樹の根元、土の部分に、すこし。氷を削ったような水っぽい雪はつやつやとして、でもしっかり白く、ずっと昔からそこにあるかのように厳か。みてみて、雪。頭のなかでその言葉を投げかけた相手は、あのひとだった。なにかひどく傷ついた気分になって、しゃがみこむと膝から血がでていた。傷ついていたのは膝だったのだなあと思いながら、やはりなにもかもが遠く、わたしはもう、わたしを守ることはできないかもしれない。聴こえない声を聴く耳。ある言葉だけを待つ胸。それらを束ねて収容した夜はいつまでも更けずに、そこにある。みあげると舞う雪の間に空はみえず、ただ灰色ばかりが目を塞いで、四角に閉じていく。ずらりと整列した記憶の入りぐちだけがぼんやりと光って浮かびあがる。睫毛に雪がつもる。息は雪のように白い。いつも雪は世界のすみからつもって。雪だるま。雪だるまは、絶滅したのかもしれない。こんな雪の日に。