言葉にない

真夜中、海。薄布に透かしてみたような月。見慣れた配置の星。足の裏につく荒い砂と濡れた足くび、夜の風に湿った膝。浅瀬の白い鳥居、投げられた小石。寄せる波も返す波も離れずばらばらにならない。ここにいる間だけは、それがゆるされている。波は、波のままで、ぬるい風でもあり、この乳房でもある。不自然で完璧な物質に満ちた世界に生きてしまっている。この世界では、いつも対になる概念が必要で、何もかもが釣り合い、引き合い、重ね合わされ、消されていく。ババ抜きみたいに。とするなら、ジョーカーはなんだろう、と考えて、すぐにやめた。考えたそばから、ジョーカーはただのカードになり、突き合わされ捨てられる。それがどんなものであれ、目の端に映る、薄布に透ける、名前のない星みたいに、ただそこにあればいい。遠くも、近くも、言葉がなければここにある。