うしろ

突然消えて無くなれたら、そんな願いは叶わないことを知っている、だけど、もうどこにも行けないのだとしたら。思い通りに動かない体も頭もぜんぶ朽ちて床に横たわっている、窓から覗く宅配屋と目が合う。となりの木造アパートから鶏を絞め続けているような喘ぎ声がきこえて、その前の駐車場でボールを蹴る音がする、タイヤが砂利を鳴らしている。まただ、光のモザイクが回りだす、滲ませて掻きまぜて、ぜんぶ終わらせてお願い。切っても切っても殴っても殴ってもなんにも壊れないよ、もとから粉々だ。ゆるすから死んでもいいですか、もう届かないし宛て先も知らない、棄ててください。操り人形みたいに起きて食事の支度をする夕方、驚くほどつやつやしている美しい刃先を見詰めて、見詰めて安心する。どこにも行けるんじゃないかと、ただの空想だったのかもしれない、だってそれは幸せすぎる。わたしはだれ。後ろの正面にいるひと。