視線

震えがとまらないから赤いタータンチェックのシャツを着てチルデンセーターを重ねた。ずり落ちそうなチノパンは男の子みたいなベルトでとめてFILMELANGEの白い靴下を履く。CHURCH'Sのサイドゴア、紺のトレンチコートと大きなリュック、Drake’sのマフラー、オーデュエル。気持ちを甘やかしてくれるものに身を隠して誰にも見つからないように知らない誰かのふりをして砂浜を歩く。冷たく濡れた貝殻の色を観察していると、足もとに、波が、異様なほど、ゆっくりと、押しよせた瞬間体のぜんぶを覆った。締めつけるようにしてすこしずつ中に入りこんでくるなにかの視線「都合が悪いお前は要らない」こわいこわいこわいと叫ぶ、ああまたかと思う、べつべつになったひとりのはずのわたしが同時に逆らわず立ち尽くしていて、またべつの目は波間に浮かぶひかりを見て、ああ、きらきら、きれいね、とのんきに言う。ねぐらに向かうユリカモメの群れが紙きれみたいにぱらぱらと舞いあがって鳥柱をつくっている。遠すぎてよく見えないアスペクト比の大きなその翼を目の前に思い描き、胴体とのなめらかな継ぎ目をなぞってみる。上昇気流に乗り存分に高度をあげたあと、にわかに赤みがかっていく空をすべって、消えた。思いだしたように、伸びっぱなしの髪を潮風が引く。髪の先まで空っぽだと言われた。帰り道、車で聴いた一年ぶりのアルバムには知らない曲が入っていた。一年前のあのときとは違う世界にいるようでだれかたすけておねがいって声にだしてみる。どうでもいいことしか言葉にできない。言葉でしか触れられないものがある。途方を失い擦りきれていく。いっそ、ぜんぶ終わらせる。記憶から抽出した未来にまで手を出したあげく迷子の子どもみたいに泣くだけなら。