手を振った、それ以外の見送る手立てをぜんぶ放棄し手を放した。 さようなら。ただ、さようなら。遠くても近くても、ここに不足なくそろっているものを残さずあげる。かつてあなたに備わっていたもの、いまよりずっと若かったあなたから預かったもの。なにも持てないわたしたちは、生まれるように死んでいくけれど、最期の涙はすぐに枯れる。死にかけているあなたを前にして、自分の悲しみだけにとらわれるわけにはいかない。思いたい。窓から見える海のこと、一緒に飲めなかったお酒のこと、明日の夕食のこと、更けていくこの夜のこと、母のこと、そして、あなたが生きていることを。梅雨が明ければまた夏はきて、陽は高くなり、この体に添ってくっきりとした影をつくる。そうしたら、銀河みたいな花火を見にいこう。隣にいてくれる人は、あなたくらいやさしくて、お人よしで、変わっていて、だけどもっと強くてかっこいい、そう自慢したかった。そうか、と言って、わたしより喜んでいる姿が雨に浮かんだ。