○ いなくなる

もう二度と失えないということ。かなしみに背筋が凍る。つつじのように赤くきれいな腸の切りくち。顎でする息。湿った蝋みたいな皮膚。鼻についた腸液のにおい。目の前で砕かれた顎の骨。立派なお骨でなんて言うな。もう父でも人でも骨ですらないそのかすかすとしてばらばらでなんの命の痕跡も見当たらないただの滓みたいなものを見た瞬間生まれて初めて心底傷ついていることに気がついた。わたしが死んだ。同じことだ。違うのはこれからも生きていかなければいけないということ。あんなに酷く苦しんで恐怖した末には少しくらいの安堵があってもよさそうなものなのに。なんにも終わらなかった。せめてせめて父の中のそれだけはきれいさっぱり消えてあとはわたしがぜんぶ引きうけるから幸せだったことだけ見えていてほしい。